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八幡会長からのご挨拶
国宝史蹟研究会とは
研究会の生い立ち
研究会の運営
初代会長プロフィール
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平成以降の特別例会記録
平成以降の源頼朝の研究

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八幡会長からのご挨拶

 国宝史蹟研究会が喜寿の祝いを迎えた。継続は力となる。私たちは、長年にわたり鎌倉を活動の拠点として、『吾妻鏡』その他の文献史料に親しみ、歴史や文化の実地調査を全国に広げ、例会も重ねて 980 回を越えた。鎌倉はもとより全国各地で文化財や史跡の新発見、再発見の場に遭遇したことも少なくない。当然のことながら本会が関わる国・県・市文化財や史跡の指定、あるいはその保存や調査などに関係したいくつかの例もある。

 そもそも本会創立の原点は、昭和初期から鎌倉に吹き荒れた自然破壊から緑多い郷土を守ること、開発の名の下に忘れ去られていく貴重な文化財を後世に伝えること、創立間もない鎌倉町立鎌倉国宝館で月替わりに展示される市内社寺秘蔵の国宝や重要美術品−いわゆる武家文化第一級の美術工芸資料−に学ぶことであった。それまで地元市民であっても目にすることのできなかった寺社秘蔵の名品が、美術館の明るい展示ケ−スに月替わりで並ぶことになったのである。会員の方々の期待と驚きは想像に難くない。本会名の「国宝」は「鎌倉国宝館」に由来する。そして「史蹟」の由来は次の通りである。史蹟とは歴史上の出来事にゆかりのある場所のことである。現代では「史跡」と書くのが一般的であるが、これは昭和25年に制定された文化財保護法以後のことで、会発足当時には「史蹟及天然記念物保護に関する建議」(明治44年)、「史蹟名勝天然紀念物保護法」(大正8年)などにより「史蹟」であった。史蹟(史跡)とは、歴史学上の各時代に営まれた人間の諸活動に伴う文化的遺産の痕跡であり、地下及び地上に残存するものの総称である。創立時に「史蹟」と名付けたのは、仏像彫刻や美術工芸品など物としての文化財だけではなく、人類の文化的遺産の痕跡をも包括的に研究対象とする意図があったからである。